新潟簡易裁判所 昭和36年(ろ)65号 判決 1961年5月29日
被告人 渡辺登
昭三・一・八生 無職
主文
被告人を懲役一〇月に処する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
本件公訴事実中別紙記載の各窃盗の公訴はいずれもこれを棄却する。
理由
(罪となるべき事実)(略)
(証拠の標目)(略)
(累犯となる前科)(略)
(法令の適用)
一、懲役刑及び訴訟費用の点について(略)
二、公訴棄却の点について
本件公訴事実中主文第三項掲記の公訴事実について審究するに、右公訴事実は、本件記録編綴の昭和三五年一二月一〇日附被告人に対する窃盗被告事件の起訴状謄本に徴すると、同記載の公訴事実中第一の(1)乃至(4)の各事実と、その犯行の日時、場所、被害者、被害物件、犯行の態様等すべて全く同一であることが認められる。されば右本件公訴事実と右被告人に対する先行窃盗被告事件の前示公訴事実との間には明らかに同一性があり、従つて右両者は同一事件であるといわなければならない。そして右先行の被告事件は右起訴状謄本の外(イ)被告人の当公判廷における供述、(ロ)本件記録編綴の昭和三六年五月二〇日附被告人に対する窃盗被告事件の判決謄本写及び(ハ)弁護人提出の昭和三六年五月一七日附東京高等裁判所第四刑事部裁判長の被告人に対する同年六月一日午前一〇時の公判期日召喚状を綜合すると、他の窃盗の事実と共に被告人に対する窃盗被告事件としてさきに当裁判所に起訴せられ、同裁判所において審理の上昭和三五年一二月二七日一括して有罪の判決があり、これに対して被告人から控訴を申立て、同事件は現に控訴審たる東京高等裁判所に係属中で、右判決は未確定であることを認めることができる。さすれば、本件はこの点に関する限り同一事件について二重に公訴の提起があつたことになる訳である。
そこで先に公訴の提起のあつた事件の確定前に、これと同一事件について更に公訴の提起があつた場合における解決の規定をみるに、(一)公訴の提起のあつた事件が更に同一裁判所に起訴されたときは、判決で後の公訴を棄却すべく(刑訴法三三八条三号)、(二)或る裁判所に係属中更にこれと事物管轄を同じくする他の裁判所に起訴されたときは、先に公訴を受けた裁判所が審判し、後の裁判所は決定でその公訴を棄却すべく(同法一一条一項、三三九条一項五号)、(三)或る裁判所に係属中これと事物管轄を異にする他の裁判所に起訴されたときは、上級の裁判所がこれを審判し、下級の裁判所は決定でその公訴を棄却すべきもの(同法一〇条一項、三三九条一項五号)としている。ところで、本件の如く既に第一審裁判所たる当裁判所に公訴の提起があつて実体判決を経た後、現に控訴審としての上級裁判所たる東京高等裁判所に係属中、同一事件について更にその第一審裁判所たる当裁判所に起訴があつたときは、叙上何れの場合に該るであろうか。この場合直ちに前記(一)に該るものとして当然に刑事訴訟法第三三八条第三号の適用があるものとすることにはいささか疑問なしとしない。蓋し、同規定は、先に公訴の提起のあつた事件がその裁判所に係属中同一事件について更にその裁判所に公訴が提起されたときについて定めたものと解すべきであるからである。次に前記(二)の場合は、同一事件が事物管轄を同じくする数個の裁判所に現に係属していることを要するものと解すべきであるから、事物管轄を異にする数個の裁判所に係属しているものというべき本件の場合に該らないことは自明である。それでは、前記(三)の場合はどうか。これは固有の事物管轄が競合する同一の訴訟が、何れも第一審裁判所に係属する場合について規定したものと解すべきであるから、これ亦控訴審裁判所と第一審裁判所とに係属している本件の場合に当然には適用できるところではない。とすれば結局、本件の如く先に公訴の提起された事件が上訴審に係属中同一事件について更にその第一審裁判所に公訴が提起された場合については、刑事訴訟法に直接規定するところがないものといわなければならない。
そこで本件については謂ゆる二重起訴を禁止している刑事訴訟法の精神に則り、最も類似した場合である前記(三)及び(一)に準じ、刑事訴訟法第一〇条第一項第三三八条第三号を準用して、右本件公訴を判決で棄却すべきものとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田久吾)
別紙(公訴棄却にかかる公訴事実)
被告人は三星恒と共謀の上、
第一、昭和三五年五月三〇日頃新潟市西堀通六番町上野三郎方において、同人所有のラジオ八台、電気カミソリ二個、鞄一個(時価合計金一〇〇、九五〇円相当)を窃取し、
第二、同年七月四日頃同市古町通十一番町高木義治方において、同人所有の背広等洋服類一七点(時価合計金九五、四八〇円相当)を窃取し、
第三、同年同月一七日頃同市古町通十番町新潟電装株式会社店舗において、中沢直治管理のテレビ一台、扇風器二台(時価合計金九四、六〇〇円相当)を窃取し、
第四、同年八月三〇日頃同市月町株式会社新潟丸富商会店舗において、富取修三管理のラジオ六台、テレビ二台、テープコーダー三台(時価合計金三二五、〇〇〇円相当)を窃取し
たものである。
編注 東京高裁昭和二五年七月一三日第四刑事部判決(当事務総局編「裁判例要旨集刑事訴訟法1」四七頁)参照。